「自分軸で生きよう!」第3回オンライングローバルセミナー 開催しました

更新日:2021年12月12日

第3回となったオンライングローバルセミナー 。今回登壇をしてもらったのは、コンサルタントファーム世界のビッグ4の一角をなすPwCで国際税務コンサルタントのプロフェッショナルとして活躍するラント(旧姓:丸谷)朋子さん。


知り合ってから15年ほど経ちますが、彼女の著しい成長は目を見張るものがありました。私がグローバルセミナーを企画する時、潜在的なオーディエンスを意識し「クレイン生のロールモデルとなりうる人」という前提がありますが、同じくらいの気持ちで、私自身が「この人のストーリーを聞いてみたい!」と思う人にお願いをしています。約一年前から、朋子さんにお願いしたいと思っており、この度やっと実現することができました。

気さくで軽快な口調で、ズバッと本質をつく鋭い視点で朋子さんのストーリーをお聞きしました。

1 シンガポールについて


まずは朋子さんの暮らすシンガポールについてのお話をお伺いしました。日本ではここ1週間で、秋を通り越して冬になってしまったような寒さがやってきましたが、赤道直下のシンガポールは一年を通して30℃前後。そして、意外にも日本の夏の方がよっぽど暑いそうです。

人種も宗教もそして言語も多様で、もちろん食事も様々。日本ではまだあまり見かけませんが、ビーガン(動物性を含まない食品)やハラル(イスラム教徒のためのお祈りをしている食品)、もちろん日本食もなんでも揃うそうです。そしてこれも意外なのが、シンガポールではほとんど家で食事を作ることはなくほぼ外食。そのような背景から、糖尿病が深刻な社会問題となっているそうです。


シンガポールは、Red Dot(赤い点)と呼ばれています。その由来は、世界地図で見たら極小のこの国は「赤い点」にしか見えないから。それでも、すべてのフライトが国際線というアジアのハブであるチャンギ空港は、朋子さんも「世界一の空港!」とお墨付き。新しくできたターミナル4は、建物全体が熱帯の森林となり、さらに大型ショッピングモールが併設されているということ。




住宅事情のお話も興味深い内容でした。ビジネス大国のシンガポールには外国人が多く居住しているのですが、シンガポール人とは隔絶されているそうです。現地の人たちは国が建てるHDBという公団に入れるそうですが、外国人は「高い家賃を払え」という意味で高級コンドミニアムに住むことを余儀なくされるというのです。


小国であってもアジアをリードしているという事実に多くのシンガポール人が国を誇りに思っている、というのは大国だけど愛国心が乏しい日本と実に対照的で、たいへん興味深く感じました。

2 異端児のマイルストーン

続いては、学生時代から社会に出るまでのストーリー。ごく普通の一般家庭に生まれ育った朋子さんは高校まで地元の公立高校に通います。高校時代はバイトをしながらも成績はトップで走っていましたが、理不尽な校則や進路指導について納得がいかないことが多く、学校の先生とはよくぶつかっていたそうです。そこが異端児の始まりだったとか。




その後、数学が苦手、そして家から近いという理由で、関西学院大学文学部英文学科に進学。

しかし、大きな挫折を感じたのが就職の時。同質性・均質性を重視する日本の就職試験にも納得が行かず自分のカラーを出していきますが、不採用となります。


しかし当時のことについては、ということばでバッサリ言い切ります。

「日本の会社の採用試験は、どれだけ社畜になれるかどうかを見極めている」

なんとかパートタイムで就職したBerlitzでは「字が汚い」「数字が苦手」と上司におこられ、試用期間延長、正社員になれない朋子さん、自分がとても惨めでした。

「一度人生のレールを踏み外すと元に戻れない。どうしよう…」


そんな思いで気持ちは焦るばかりだったそうです。

そんな当時の自分に向けていま朋子さんが感じているのがこのメッセージ



友達や親や先生、みんなに好かれたいと思っているみんなを横目に、ティム君は中指を立てて風船にのって飛んでいく。

「他人軸ではなく、自分軸で生きて欲しい。比べるのは他人じゃない、比べるなら昨日の自分」

「それに、自分が思っているほど、他人は自分のこと考えていない。自分が人生の終わりだーって考えていることも実は大したことじゃないんですよ。」

3 自分が輝ける場所を探しに

Berlitzを退職した後、朋子さんは海外から来日するVIPの人たちに住居提供をする会社に入社します。そこで出会う世界トップクラスの人たちを見て、「自分もそんなふうになりたい。英語"を"ではなく、英語"で"仕事がしたい!」と思うと同時に、マスター(修士号)のひとつもないとこのレベルにはなれないということに気づきます。



そこでMBA(経営学修士)を目指すようになった朋子さん。当時、ベトナムの日系企業で勤めていましたが、シンガポールにはシンガポール国立大学やナンヤン工科大学といった世界有数の大学を始め、アメリカ・イギリスの有名校の分校も多くあるということでシンガポールに移り住みます。そして、朋子さんはノッティンガム大学のMBAに進学します。




そこでは、多くの国出身の学生が集まる中、日本人は自分だけ。華やかな学生生活を想像していたものの、現実はとても厳しく、授業には全然ついていけません。大量の資料をその場で配られグループディスカッション。ところが、短時間で英文を読めずディスカッションには参加できません。ところが、海外の大学では意見をしなかったら存在しないも同じ。周囲からは「フリーライダーで何にもやってないくせにいい点数もらうつもりか」と白い目で見られ、毎日泣いていました。

そんな時に相談したイギリス人の友達に言われた一言が、彼女にとっての目覚ましコールになります。


『英語が母語の僕には君の痛みはわからないよ。でも、君は自分で来たいと言って来てるのだから、嫌だったらやめたらいいじゃないか。』

そうだ、私は自分がやりたくてここにいるんだ。クヨクヨしてても始まらない。泣いている暇があったら勉強してついていけるようになるしかない!



4 国際税務、移転価格との出会い

 当初はコンサルタントの仕事がしたいとは思っていたものの、当時はボヤッとしたものでした。そんな時に出会った会社の面接で、「移転価格できる?」と尋ねられます。本心は全く自信はありませんでしたが、朋子さんを奮起させたのはAmy Cuddyのことば。「はったりでもいいから、真似てやっていると、そのうち本物になる」



「やってみせます」と言い切り、それから7年、朋子さんは移転価格のプロフェッショナルになりました。そうこうしているうちに、コンサルタントファームBig4の人事部から直接採用のオファーの連絡が届くようになります。理由は、移転価格という特殊なフィールドで英語で仕事ができる日本人スタッフはほぼ皆無だからだそう。

また、世界的に見て、


「時間を守る・うそをつかない」日本人はどこにいっても重宝されるそうです。


日本の中にいたら「そんなの当たり前じゃん」と思ってしまいます。でも海外にいくと、日本人というだけで信頼感は増し、さらに、海外大学のマスター(修士号)を持って英語で仕事ができる、となると引く手あまただということです。




それでも、世界各地のエリートが集まるPWCの競争は非常に激しく、評価は完全な成果主義。肩たたき制度もあり、離職率は30%という高さだそうです。その一方で、求められる仕事ができるなら、オフィスにいる必要もないし、休んだっていい。世界のどこにでも支社があるから、希望すれば世界のどこでも仕事があるという自由な働き方が認められていて、男女間の理不尽な差別も一切ないそうで、さすがグローバル企業というところです。


朋子さんからの3つめのマイルストーンメッセージは、


「チャンスは準備をしている心を好み、機会は大胆な心を好む」




日本の体質に納得がいかず世界に飛び出し、そして一流になるために文字通り泣きながらMBAを取得。そして世界の名だたるPwCでプロフェッショナルとして確固たる自信を手にした朋子さんの、力のこもった言葉でした。

5 Tips to Take away


あっという間に時間を迎えてしまったセミナーの最後に、参加者の皆さんへ朋子さんからメッセージをいただきました。

「他人軸でなく自分軸で生きよう!」


「失敗しても大丈夫。起動修正は何度でもできる」


「できない理由を探す前に、やってみる」


「時にはぐっと踏ん張って」


「チャンスが通りかかった時にそれを掴める準備と挑戦する大胆さを持とう」

朋子さんはこうも言っています。

“The world is your oyster!(世界はあなたのもの)”

実はこれは、過去2回のグローバルセミナー講師も言っていたことと同じなのです。

「何事も自分次第。自分が信じる道を歩んでいくことが大切」


ひょっとすると、それが世界で活躍するためのとても大切な資質なのかもしれません。

次はどんな素敵なストーリーに出会えるでしょうか。次回も乞うご期待です!






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