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元高校教師の新しい先生が加わります!

2024年さっそくですが、クレインに新しい先生が参加されます。元教員の梅村夕佳先生とは、同じ学年でクラス担任をしたり、一緒に修学旅行や勉強合宿に行ったりした良き同僚。この度クレインの英語の先生として再び一緒に働くことができることをとても嬉しく思っています。

教員時代からとても面倒見の良い先生で、職員室の前で、頼ってくる生徒たちに放課後遅い時間までいろんな相談に乗ってあげていた姿が印象的でした。

個々の生徒との関わりが強いクレインにとって、ぴったりの頼もしい先生です。今日はそんな梅村先生にインタビューをしました。


Q1 英語に興味を持ったきっかけは?


 高校の時に、通っていた個人の英語塾の先生との出会いがその後のわたしの人生に大きく影響を与えました。その先生と出会う前の中学生の時は、学校の勉強についていくために教科書の本文をひたすら丸暗記しようとしたり、習ったことを覚えなきゃとしぶしぶ勉強していた記憶があります。正直、英語を学ぶことが楽しいとは到底思えませんでした。ですが、その英語塾の先生は、5文型から始まって、高校で習う難しい英文法を徹底的にわかりやすく指導してくださいました。さらに、その先生はアメリカに留学経験があり、先生の娘さんも当時アメリカの大学に留学されていたりして、グランドキャニオンを先生と娘さんで旅行した話や異文化体験、その他、アメリカのお友達とのエピソードをお話ししてくださって、「英語を学べば、こんなに世界が広がって、楽しくなるんだ」と心が躍りました。先生は発音も良くて、カッコよく英語を話されていたので、「わたしも先生のようになりたい」と憧れを抱きました。



Q2  中高生の頃、どうやって英語を勉強していましたか?


 中学生の時は、教科書の本文を丸暗記したり、完全に詰め込み式の受け身の勉強でした。高校に入って、英語塾の先生との出会いによって、英文法を徹底的に勉強して、基礎固めをすることによって、学校の教科書の本文や長文読解の問題を自分で読み進めていくことがどんどん楽しくなりました。疑問に思ったことは学校の英語の先生にたくさん質問するようにもなりました。「英語塾の先生のように英語の発音も上手くなりたい」という思いが根底にあったので、学校のリーディングやオーラルの授業で積極的に音読をするようになっていったのを思い出します。英語塾の先生はとても厳しくて怖かったので、塾を辞めていく人たちがたくさんいましたが、わたしは、この先生についていけば、どんどん英語がわかるようになって楽しくなることをわかっていたので、必死についていきました。

高校時代は、テレビドラマシリーズの『ビバリーヒルズ青春白書』を観るのにハマっていて、同じく英語好きのクラスメイトと語り合うのが楽しみでした。なので、英語学習に関しては、中学生の時は完全受け身な勉強でしたが、高校生になって英語塾の先生との出会いによって、英語を学ぶのが楽しくなり、主体的に学べるようになりました。


Q3 先生の海外経験について聞かせてください。


 交換留学生として、大学3年次は、アメリカのピッツバーグのチャタム大学で過ごしました。その後、メンタルヘルスの研究や実践が進んでいるアメリカで、専門の音楽療法を大学院で学びたいと強く思いました。家族には大学院留学を猛反対されたのですが、私はどうにか留学したいという熱烈な思いから、留学できる手段を探しました。結果、某財団の奨学資金の選考試験を受け、運良く日本人奨学生として選んでいただくことができ、大学院留学の道が開かれました。

ニューヨーク大学の大学院の時のインターンシップ先は、映画『レナードの朝』の舞台となった、ニューヨークブロンクスにあるベス・アブラハム病院で、9か月間、脳神経系の疾患の患者さんへの音楽療法の実践を行いました。その後、大学院の集大成として、『脳血管障害の患者さんへの音楽療法』というタイトルで病院で行った臨床経験を基に、言語のリハビリの領域における脳血管障害の患者さんへの音楽療法について修士論文を書きました。脳神経の障害のために身体的・心理的・社会的・認知的機能が冒されてしまった対象者に音楽療法が全人的な健やかさを与える治療になりうるということを質的アプローチの観点から研究しました。


Q4 学校の先生を目指した理由は?


 個別指導で不登校の生徒さんに英語の指導をさせていただいていた時に、英語を学ぶことを通して、その生徒さんは英語に興味を持ち、留学したいとまで目標を持つことができました。目標が持てるようになってから、彼女は生き生き勉強に取り組むようになりました。英語はこのように「人に希望を与えることができる」と、この生徒さんの指導を通して実感し、「今度は学校で英語を教えて、英語好きの生徒たちを増やしたい」という気持ちが芽生えました。



Q5 教員時代に思い出に残るエピソードは?


 私立の高校の教諭として、高1から3年間クラス担任を経験し、教科指導や進路指導に携わらせていただいたのですが、3年間一緒に過ごした教え子の子達が卒業式を迎え、旅立って行く日は「教師冥利とはこういうことなのか」と実感することができ、感無量でした。

また、夏休みに約3週間の語学研修で、生徒たちとアメリカのユタ州とサンフランシスコへ行ったことも心に残っています。ホストファミリーと英語でコミュニケーションを取り合ったり、アメリカの大学で現地の高校生たちと一緒に授業を受けて、生きた英語に触れ、意欲的に授業に参加して生き生きとした生徒たちの姿を見て、大変うれしく感じました。アーチーズ国立公園では生徒たちとトレッキングに参加したのですが、初日は特に炎天下の中で歩き続けるのが本当にしんどくてバテテいました。ですが、がんばって歩き続けた結果、アメリカの壮大な美しい自然の景観を見ることができた時には、しんどさを忘れ、トレッキングを頑張ってよかったと心からそう思えました。

さらに、合唱部の顧問をしていたのですが、生徒たちがコンクールやコンサートのために一生懸命目標に向かって頑張る姿を見れたことは良い思い出になっています。


Q6 休みの日はどう過ごしています?


 三河の方で、英語サークル、英語でチャットの会、英語のイベントに参加するのが楽しみです。会を通して、外国人に出会ったり、同じく、英語好きな方、英語学習をされている方と一緒に英語でチャットを楽しんだり勉強したりして、交流しています。5年前に三河に引っ越して来た時は、誰も知り合いがいませんでしたが、英語のコミュニティに参加するようになって、英語好きの人たち、国際交流が好きな人たちと知り合い、輪が広がってうれしく思います。それ以外は、メンタルヘルスに関心があり、オンラインで心理学の勉強会に参加したりしています。


Q7  最後に、英語を学びたい人へのメッセージをお願いします


 グローバル化が進み、今の時代は、ネットやYoutubeで自分が関心のあるアーティストやテーマについて、英語の情報も容易に得られて、英語を学ぶこともできるようになり、大変便利な時代です。

 わたしは、もともと人見知りがある内向的な性格ですが、英語は自分の殻を破って、いろんな人たちとの出会いを可能にしてくれて、人々と繋がれる素晴らしいツールだと思っています。英語を勉強すれば、世界が広がることを経験してきています。

 英語とは興味を持ち、楽しみながら学習できる教科ではありますが、その域に達するにはそれなりの苦労をしなければならないということを経験しています。「どのように苦労を楽しさへと変えていくのか。」そのノウハウを長年模索しているわたしは「英語好きの生徒さんを増やしたい。英語でコミュニケートできる生徒さんを増やしたい。」という強い思いを持っています。みなさんと一緒にわたしも生涯英語を学び続けていくつもりです。最後にわたしの英語の好きな言葉を紹介します。

“Life is a Journey.”(人生は旅だ)ぜひ一緒に楽しく英語を学び、英語の楽しさを模索していきましょう。



【プロフィール】


同志社女子大学学芸学部音楽学科音楽文化専攻音楽療法コース卒業

チャタム大学(アメリカ合衆国)大学3年次交換留学

ニューヨーク大学大学院教育学部音楽療法専攻 修士課程卒業(伊藤国際教育交流財団日本人奨学生)

佛教大学文学部英米学科 英語中1高1課程 卒業

日本帰国後は、英語教室や個別指導で、0歳児とお母さんへの子育て英語から大人までの英語の指導を行う。愛知県の私立高校で4年教鞭を取る。

保有資格

英検1級

中学校・高等学校 教諭1種免許状 英語

趣味

音楽鑑賞、芸術鑑賞、ピアノ

英語サークル、英語のイベントに参加する

心理学・メンタルヘルスについて学ぶ

食べること

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